学校案内-校長挨拶

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【校長ブログ】坂本龍馬「日本を洗濯しよう」

 私は、11月28日から12月1日まで2年生(76期生)の修学旅行を引率しました。76期生の修学旅行は、初日に広島での平和学習、2日目に広島から京都までの班別自主研修、3日目に京都・大阪方面班別自主研修、4日目に京都方面クラス別研修でした。第3日目に京都市内を巡回しました。坂本龍馬が暗殺された近江屋跡(京都市中京区塩屋町)にも行ってきました。現在、「坂本龍馬 中岡慎太郎 遭難之地」と記された石碑が建っています。

 幕末の志士 坂本龍馬(1835~1867) は、大政奉還直後、京都で暗殺されています。坂本龍馬は時代の変化に敏感でした。彼が郷里土佐で知人の檜垣清治(ひがきせいじ)(1839~1894)と行きあうたびに、自分を変革させていたという逸話は創作だと思いますが有名です。

 土佐の檜垣清治が、そのころ土佐で流行していた長い刀を新調し、江戸から帰ってきた坂本龍馬に見せたところ、龍馬は、「きさまはまだそんなものを差しているのか。おれのを見ろ」と言って、短い刀を見せました。そして、「大砲や鉄砲の世の中に、そんな長い刀は無用の長物だよ」と言いました。

 檜垣清治は、そこで、龍馬のと同様の短い刀を作り、次に帰ってきたとき見せました。すると龍馬は、「このあいだは、あの短い刀でたくさんだと言ったが、もう刀などは要らんよ」と言いながら、ピストルを取り出して見せたというのです。

 またその次に帰ったときには、「今の時勢では、人間は武術だけではいけない。学問をしなければならない。古今の歴史を読みたまえ」と勧めたということです。さらにその次に会ったときには、「面白いものがあるぞ。万国公法といって、文明国共通の法律だ。おれは今それを研究しているのだ」と語ったそうです。

 歴史は時に冷酷です。坂本龍馬は1867年に京都で暗殺され31歳で亡くなっています。檜垣清治は、明治時代には警察官となり1894年に55歳で亡くなっています。現状にとらわれない、絶えず先を見るという坂本龍馬の姿勢は、素直な心が働いているところから生まれてくるものではないでしょうか。

 「長い刀から短い刀」「短い刀からピストル」「ピストルから万国公法」というように、古い武器から新しい武器、新しい武器から法律、民主主義へと変化のシンボルを常に求めながら、自己変革、つまり「イノベーション」をとげました。

 坂本龍馬は、幕末の1863年に姉に向けた手紙で「外国人と結託している江戸幕府の役人を打ち破り、日本を今一度洗濯しなければなりません」と書いています。坂本龍馬は今から150年前に「日本を洗濯しよう」と決意し、大政奉還を実現させ、「明治」という新しい時代を切り開きました。

 春高生諸君、「これではいけない」「ここの部分は変えないといけない」と思ったら、大いに行動に移してください。2年生は、進路実現に向けて「ゼロ学期」が始まります。自分の志を実現しましょう。

 努力して成功すれば、自信となる。

 努力して失敗すれば、経験となる。

 努力しないで成功すれば、天狗になる。

 努力しないで失敗すれば、あきらめる。

【校長ブログ】春高生のアオハル~演劇部県大会&教養講座サイエンスカフェ~

 この土日、私は春高生の高校生らしい課外活動を見ながら、とても爽やかな気持ちになりました。

 11月26日、春日部高校演劇部が埼玉会館(さいたま市)で開催された県大会に出場しました。県大会出場校は10校。春日部高校演劇部は創作劇「ず~っと、ここで。」で会場の観客を魅惑しました。高校の演劇部員2人と突然あらわれた先輩との青春ドラマ。♪アニメ「プリキュア」のテーマや徳永英明の♪壊れかけのRadioなどの音楽とともにキレのある舞台でした。1年生3名だけの演劇部ですが、メディア研究部が舞台裏を支え、今後の活躍が楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

 

11月27日、春日部高校図書館で「春高生VS薬」をテーマに教養講座サイエンスカフェが行われました。春日部高校の中村達郎教諭がファシリテーターとなり、ご来校いただいた日本薬科大学の高野文英教授、櫻田 誓教授と春高生21名との白熱した対話でした。薬学への熱き思いを語る先生方の専門用語に対し、ファシリテーターの中村教諭が追加解説をして、春高生と先生方の距離がとても近くなっていきました。通常の授業では得られない知的好奇心が生まれたと思います。

 春日部高校の教育方針は「文武両道」。しかし、春日部高校は、「文」(学習活動)があっての「武」(部活動・学校行事)と考えます。「武」は運動部活動だけのことではありません。文化部活動の活躍や教養講座なども立派な「武」です。頑張れ!春高生

【校長ブログ】聞いたことは、忘れる。見たことは、覚える。やったことは、わかる。

 11月28日から2年生(76期生)の修学旅行が始まります。新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)のため、行動制限がありますが、感染防止対策を徹底しての実施となります。生徒諸君一人ひとりの自覚と行動が求められます。

 76期生の修学旅行は、初日に広島での平和学習、2日目に広島から京都までの班別自主研修、3日目に京都・大阪方面班別自主研修、4日目に京都方面クラス別研修が予定されています。生徒諸君の自律力と行動力を期待している春日部高校伝統の関西方面の修学旅行は、紐解いてみると戦前の昭和2(1927)年が最初のようです。戦後は昭和26(1951)年に関西方面の修学旅行が復活し、一時期を除き関西方面の修学旅行が実施されています。団体行動が主流だった修学旅行において、春日部高校では1960年代から班別自主研修を他校に先駆けて取り入れていたようです。

 春日部高校があえて“京都”を中心とする修学旅行を行っているのは、“高校生”という多感な時期に、日本の歴史と文化の中心地である“京都”において、自分自身と日本を見つめ直してもらいたいという大きな狙いがあると思います。いわゆる伝統校は、修学旅行先は“京都”というトリビアがあります。76期生諸君も先輩の伝統をしっかりと受け継いでもらいたいと思います。

 春日部高校は、文部科学省のSSH(スーパーサイエンスハイスクール)指定校として、「春高Science Code」の習得を目標の一つとしています。「疑問→仮説→先行研究の検索→テーマ設定→検証→考察」の課題解決サイクルです。是非とも修学旅行の街歩きにおいても、「春高Science Code」を意識してみてください。私は全ての都道府県を訪ね歩いていますが、街歩きの極意は、駅と地図にあります。駅はその街の顔です。まずは、駅前の中央に立って、駅前全体を見渡しましょう。“街の匂い”を感じられると思います。次に、駅前にある観光案内所へ行ってその街の地図を入手しましょう。スマホの地図ではなく、印刷された地図で街全体を俯瞰してから歩くことがポイントです。

 古代中国の思想家老子は「聞いたことは、忘れる。見たことは、覚える。やったことは、わかる。」と言っています。76期生諸君の更なる好奇心の高揚を期待しています。

 

【校長ブログ】2年ぶりにサイエンスの祭典~小中学生のためのサイエンス教室IN春日部高校~

 11月20日、春日部高校で、春日部高校・越谷北高校・越ケ谷高校合同企画の「小中学生のためのサイエンス教室IN春日部高校」を開催しました。新型コロナウイルス感染拡大のために2年ぶりの開催です。 

 春日部高校生徒会とSSHエキスパートチームが運営にあたり、3校の理科系部活動が企画展示を行いました。各校の文化祭と異なり、サイエンスに興味関心がある高校生が、小学生や中学生にサイエンスの楽しさを伝える企画であるので、生徒も先生方も熱量が違います。「わくわくピタゴラスイッチ!」「教室を使った巨大プラネタリウム」「魚解体ショー」「蓄電バッジをつくろう!」「わくわく科学実験!」など物理、化学、生物、地学などの探究体験ができる企画ばかりでした。

 約200名の小学生、中学生とその保護者の方が来校され、不思議で楽しいサイエンスの世界に驚嘆していました。

 今回は、安全管理のためにICT技術も駆使し、校内四か所のカメラで人流を把握するなど、サイエンス教室にふさわしい工夫もしました。

【校長ブログ】伝統の春高1万米走大会を実施~大正13年が第1回~

 11月8日、小春日和のもと、春日部高校では、伝統の1万米(メートル)走大会を渡良瀬遊水地(埼玉県・栃木県・群馬県)で開催しました。10kmではなく10,000mと呼ぶのが春日部高校の伝統です。多くの保護者の皆様のボランティアのご協力をいただき、参加生徒全員が完走できました。

 全国の高校では、多くの高校が「マラソン大会」「強歩大会」などの名称で長距離走大会を実施しています。“長距離”となると、全国的には大正13(1924)年に始まった山梨県立甲府第一高校の甲府・小諸間(104km)の「強行遠足」が有名です。埼玉県では、県立浦和高校が、戦後の昭和34(1959)年から開催している浦和・古河間の強歩大会(50km)、熊谷高校が昭和50(1975)年から開催している熊谷・長瀞間の40キロハイクもあります。伝統校では長距離走大会の距離は長い傾向がありますが、春日部高校は戦前から1万米が伝統です。

 春日部高校では、大正10(1921)年に尺貫法から世界的な単位のメートルを使う事に決めるメートル(米)法が日本で公布されたことを記念し、甲府第一高校と同じ大正13(1924)年に学校・岩槻間の1万米走大会が実施されたのが第1回です。戦中、戦後の一時期を除き、コースは変更になっていますが。1万米走大会としての伝統を受け継いでいます。完走後の生徒の達成感に充ちた笑顔が印象的でした。早朝からご協力いただいた保護者の皆様、本当にありがとうございました。

春日部高校のホーム-ページにアクセスしていただき、ありがとうございます。

伝統と共に未来へ学ぶ

 

 本校は、明治32(1899)年に埼玉県第四中学校として開校し、埼玉県立粕壁中学校、県立粕壁高等学校、県立春日部高等学校と改称を重ねながら、今年で124年目を迎える埼玉県内有数の伝統校です。

 全日制課程普通科及び定時制課程普通科を併設し、この学び舎を巣立っていった卒業生は3万8千人余に達し、埼玉県内はもとより国内外において様々な分野で活躍しております。

 春日部高等学校は「質実剛健」を校訓とし、「文武両道」を教育方針とし、学習活動はもちろん、部活動や多彩な学校行事を通して、高い志をもち、主体的に学び、リーダーシップを発揮することができ、社会に対して使命感を持って力を尽くすことのできる人材の育成に努めています。

 さらに平成22(2010)年度から文部科学省よりスーパーサイエンスハイスクール(SSH)事業の実践校に指定されており、国内外の学校や大学等とも協働し、様々な研究や高度な学びを提供できるシステムを構築し、大きな成果をあげてきました。令和2(2020)年度からは第Ⅲ期のSSH指定を受け、「『21世紀型スキル』を身につけ、科学技術分野のリーダーとして活躍する人材を育成するための統合プログラムの開発」をテーマに、グルーバルな時代において粘り強く行動できる科学技術人材の育成を目指しています。

 また、歴史ある本校同窓会からは、本校の教育活動に深いご理解をいただいており、大河滔々奨学基金をはじめ在校生への多大なるご支援をいただいています。

 日本も、世界も、新型コロナウイルスの感染拡大防止という課題に立ち向かっています。まさに「正解」のない課題です。「正解」は一つではないでしょう。皆さんの今までの勉強の多くは、一つの答えのある問題を解くことでした。しかし、このように何が問題か分からない場合もあれば、問題が分かったとしても誰も答えを知らないという状況に遭遇します。21世紀を生き抜く皆さんは、この「解」のない課題に立ち向かう能力を身に付けることが必要です。

 春日部高等学校では、「質実剛健」の理念に基づきながらも、時代や社会の変化に対応した教育を進め、学問の楽しさと深さ、自治活動の大切さを実感しながら充実した学校生活を送ることによって力を蓄え、高い志を持った次代を担うグローバルリーダーの育成に力を注いでまいります。

 皆さまには、ご支援、ご協力のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

                          第35代校長 上原 一孝