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【校長ブログ】12月8日に思う~日本の歴史を決めた交渉と決断~

 12月8日、春日部高校では期末考査の初日です。早朝に学校に到着し、各教室を巡回して各教室の窓を開けて換気した後、校舎の開錠をしました。早い生徒は午前7時に登校し、試験直前の確認をしていました。生徒諸君が実力を発揮できることを期待しています。

 さて、今日12月8日は日米開戦から82年目です。新聞によっては日米開戦についての記事が掲載されています。日本近現代史の研究者である 加藤 陽子 東京大学大学院教授の「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」(新潮文庫 2016年)という本があります。初版は朝日出版社が2009年に出版した高校生17人を対象にした歴史講義がもとになっています。

 巻頭言では、次のように加藤教授は述べています。「生徒さんには、自分が作戦計画の立案者であったなら、自分が満州移民として送り出される立場であったならなどと授業のなかで考えてもらいました。講義の間だけ戦争を生きてもらいました。」「そうするためには、時々の戦争の根源的な特徴、時々の戦争が地域秩序や国家や社会に与えた影響や変化を簡潔に明解にまとめる必要が生じます。その成果がこの本です。」

 また、姉妹編として『戦争まで―歴史を決めた交渉と日本の失敗―』(朝日出版社 2016年)という本もあります。28名の中高生を対象にした歴史講義がもとになっています。

 日米開戦の前に、世界が当時の日本に「どちらを選ぶか」と真剣に問いかけてきた交渉事は三度ありました。第一は、満州事変に対して当時の国際連盟によって派遣された調査団が作成したリットン報告書をめぐっての交渉と日本の選択です(1932年)。第二は、ヨーロッパでの戦争と太平洋での日米対立を結びつけることになった日独伊三国軍事同盟締結についてです(1940年)。第三は、1941年4月から日米開戦直前の1941年11月までに日本と米国の間で交渉がなされた日米交渉です(1941年)。

 加藤教授は「この講義の目的は、みなさんの現在の日々の生活においても、将来的に大人になって社会人になった後においても、交渉事にぶちあたったとき、なにか、よりよき選択ができるように、相手方の主張、それに対する自らの主張を、掛け値なしにやりとりができるように、究極の問題例を挙げつつ、シミュレーションしようとしたことにあります」と述べています。

 どちらも、当時の日本がなぜより良き道を選べなかったのかを、じっくりと考えることができる一冊です。