2022年5月の記事一覧
【校長ブログ】創立記念日校長講話
5月24日、春日部高校では、創立記念日校長講話、全国大会・関東大会出場壮行会、バレーボール大会開会式を行いました。春日部高校では開校記念日を「創立記念日」と言います。1919(大正8)年に開校記念日を「創立記念日」と改称したとの記録が残っています。校長講話の内容を紹介します。
明日5月25日は、春日部高校の創立記念日です。本校は1899(明治32)年4月に、埼玉県第四中学校としてこの八木崎の地に創立されました。そして、5月25日、当時の樺山 資紀(1837‐1922)文部大臣のご臨席のもと、開校式を行ったので、この日を創立記念日に定めました。薩摩出身の樺山 資紀は、警視総監や海軍大臣、内務大臣などを歴任した人物です。1891年のいわゆる第2回帝国議会における「蛮勇演説」で日本史の教科書にも記述されている人物です。
現在の6・3・3・4制の学校制度ができたのは、太平洋戦争後の1947年からです。それ以前の教育制度では、学制はたびたび変更になりますが、1907年以降は義務教育である小学校6年の後、中等教育として5年制の中学校がありました。いわゆる旧制中学校です。埼玉県では、1895(明治28)年に浦和と熊谷に尋常中学が設置され、4年後の1899(明治32)年に川越と春日部に尋常中学が設置され、埼玉県内で東西南北の地域に4校の旧制中学校が設置されました。春日部高校は、埼玉県第四中学校として開校し、今年124年目を迎える、いわゆるナンバースクールといわれている伝統校です。
学校を評価する指標はたくさんありますが、「校歌を大きな声で全校生徒が歌う」というのも、その指標の一つです。それは、生徒が愛校心と誇りを持っているからです。
細き流れを あつめきて
木を裂き 岩を穿ちつつ
大河滔々 波を揚ぐ
ゆったりしたテンポで続く格調高い校歌は、春高生やOBの心のよりどころです。校歌は1907(明治40)年、国語と漢文の教師だった折原僖一郎先生が作詞、音楽学校(現在の東京芸術大学)の作曲で制定されたと当時の「学友会(現生徒会)会報」に記述があります。ただ、歌詞は現在のものとは大きく異なり、現在の校歌は歌人の武島羽衣先生(1872-1967)が添削し、1923(大正12)年頃から歌われ始めたとされますが、なぜ、いつ今の形になったか、詳しい資料は残っていません。
校歌は、1番2番は、本校に入学した生徒諸君が成長していく様を、小さな流れが大きな川になって関東平野を滔々と流れていく姿にたとえており、3番につながります。特に3番の「時世をつくる英雄の 姿はこれに似足らずや」は、春日部高校で学び成長した春高生諸君のことであり、忍耐剛毅・質実質素の姿勢で社会に貢献・活躍してもらいたいという願いが込められています。歌詞には学校名が一度も登場しませんが、そこにすがすがしさを感じます。
伝統校の特色のひとつは、活発な同窓会活動です。春日部高等学校同窓会は、国内だけでなくヨーロッパを含め県内外に37支部があります。卒業生は38,287名。
春高の3年間で、一生付き合っていける友人を作り、その友人たちと切磋琢磨しながら大きく成長してください。そして、将来、春高で培った力を社会の発展のために大いに発揮して欲しいと思います。
【校長ブログ】旧制中学校の香り~麦倉忠彦「Afternoon」~
5月19日、春日部高校では、全日制が本日19日から、定時制は明日20日から第1学期中間考査です。世の中は解のない課題にあふれていますが、中間考査は正解は一つだけ。落ち着いて取り組んでもらいたい。
春日部高校の正門入口に、Afternoonという彫刻作品があります。春日部高校創立100周年モニュメントとして作成された麦倉忠彦さん(高6期生)の作品です。麦倉忠彦さんは、1954年に春日部高等学校を卒業。東京芸術大学芸術学部彫刻科に進学され、1961年に東京芸術大学研究科彫刻専攻修了。九州産業大学大学院教授、共立女子大学講師などを歴任されました。
学生服を着た少年の台座には、春日部高校の校歌「大河滔々」が刻まれてきます。私は、この作品を見て、石川啄木(1886-1912)の歌を思いました。
不来方(こずかた)の
お城の草に
寝ころびて
空に吸はれし
十五の心
石川啄木は、岩手県盛岡尋常中学校(現在の岩手県立盛岡第一高等学校)に入学し、いわゆる旧制中学校で学んでいます。思春期の少年の揺れる気持ち、愁い、物思いにふける様子が印象的に詠まれています。100年以上前の歌ですが、今なお多くの人々の心に届き、共感を呼ぶ歌です。
【校長ブログ】複雑化する社会と教育~2学年保護者会~
5月13日、春日部高校では2学年保護者会が行われました。本校では、保護者会は、「学年PTA」の名称で実施しています。本校の音楽ホールで開催しました。音楽ホール(収容定員420名)は、換気システムもあり、新型コロナウイルス感染防止対策を徹底しての開催です。保護者会では、校長と学年主任の挨拶があり、メインは3学年に向けた科目選択と進路情報の提供です。学年の担当教諭から詳細な説明を行いました。
春日部高校では、国語、地歴公民などの文系教科も、数学、理科などの理系教科も満遍なく学んでもらい、3学年で進路希望に応じて文系、理系の科目を選択します。いわゆる文理融合型のカリキュラム編成をしています。学校によっては、大学受験を意識して早い段階から文系と理系ではっきり分け、それに伴って進路が狭まっていきます。しかし、社会のあらゆる事象は、最初から文系の事象だ、理系の事象だと分けられているのではありません。様々な事象が、文系の側面を持つと同時に理系の側面を持っています。
文系と理系という学問上の区分けは、進路選択や就職など私たちの人生を大きく左右します。なぜ日本で文系と理系に分けて学問領域を分類する傾向があるのかについては、隠岐 さや香 名古屋大学教授の『文系と理系はなぜ分かれたのか』(星海社新書 2018年)が詳細に分析しています。隠岐さや香さんは、思考様式としては、自然科学系の学問が好きな人は、移ろいやすい人間界の現象にあまり価値をおかず、人文・社会科学系の学問が好きな人は、人間同士の約束事に高い関心を持つ傾向があると分析しています。文系、理系に関係なく、あらゆる視野からいろいろなものを動員して考えることが求められる時代です。社会では文系、理系などないはずなのに、教育だけが分かれているのは不思議だと隠岐さや香さんは指摘していますが、私も同感です。同書は新書大賞2019で第2位になっています。是非ご一読ください
【校長ブログ】男子校ならではの祭典へ 応援指導部と音楽部
5月8日、私は、男子校ならではの二つの部活動発表会の激励をしました。
一つは、春日部高校で開催された、埼玉県立高校6校による第47回埼玉県六校応援団連盟演技技発表会「日輪の下に」です。本来は毎年2月に実施しているのですが、コロナ禍で順延になり、感染防止対策を徹底し、入場者も限定しての実施となりました。本校からは応援指導部が参加しました。応援指導部は部員9名と少数精鋭ですが、放課後の練習では、学校全体に響く声援で日々心身を鍛錬しています。「日輪の下に」は、1977年に応援団の活動を理解してもらおうと、春日部高校、浦和高校、川越高校、熊谷高校による4校応援団連盟が結成され、その後、不動岡高校、松山高校が加わり、各校持ち回りで発表会を開いてきました。各校が日頃の練習の成果を披露し、多彩でキレのある動きに、会場から大きな拍手が送られていました。
もう一つは、上尾市文化センターで開催された、第9回埼玉県高等学校男声合唱団合同演奏会で、本校音楽部が参加しました。音楽部は、部員8名ですが、外部指導者の青木恵子先生に熱心なご指導をいただいています。青木恵子先生は、本校元教諭ですが、県立久喜高校や県立松伏高校などを指導され、特に松伏高校では、着任1年で全日本合唱コンクール全国大会初出場かつ金賞受賞という快挙を成し遂げています。音楽部は単独で「ラジオ体操の歌」(作詞:藤浦洸、作曲:藤島一郎)「糸」(作詞作曲:中島みゆき)などを合唱後、慶応義塾志木高校と合同で「わがふるき日のうた」(作詞:三好達治、作曲:多田武彦)、「梅雨の晴れ間」(作詞:北原白秋、作曲:多田武彦)なども合唱し、会場からは盛大な拍手が送られていました。
応援指導部も男声合唱の音楽部も、男子校ならではの部活動です。コロナ禍で活動制約がある中、一度しかない青春を精一杯謳歌しようとする若き力を実感しました。
【校長ブログ】愛情と信頼~PTA後援会常任理事会~
5月6日、春日部高校では、午前中は土曜日公開授業、午後はPTA後援会常任理事会が行われました。PTA後援会常任理事会は、令和3年度役員の方々で今春の卒業生の保護者の方も参加しています。春日部高校は男子校で独立心が強いですが、反抗期だといってもあまり親に面倒をかけない生徒が多いようです。
親離れ、子離れというのは成長のプロセスに必要なことですが、だからといって愛情がなくなるわけではありません。愛情と信頼。保護者の皆さんのお話を伺って、このことは親子にとって年齢や環境を超えて大切なことだと改めて思いました。保護者の皆様もお子様と一緒に、学校を楽しんでいただきたいと思っています。